うつ状態とうつ病
いくつかの症状がそろえばうつ状態と言います。うつ状態にはいろいろな病気が含まれますが、単に熱があるという様な状態ではありません。うつ病はうつ状態をきたす疾患の中の代表的な疾患です。
私は診断をする際に、アメリカの精神医学会の診断基準(DSMⅤ)を用いています。DSMでは「うつ病」を「大うつ病性障害(MDD)」と言っていますが、これはうつ状態を意味していると考えられます。うつ状態になる疾患には、いくつかの精神疾患がありますが、うつ病と双極性感情障害(軽躁状態又は躁状態が確認出来ていないもの)が双璧でしょう。ここではこの2つの疾患について述べたいと思います。
DSMの診断基準
1、抑うつ気分(晴れ晴れしない気分)
2、興味の減退や面白いという感じなくなる
以上のうち1つ以上が存在する事
3、睡眠障害(不眠または過眠)
4、食欲障害(食欲の低下(体重減少)又は過食)
5、焦り又は制止
6、疲れやすさ又は意欲の減退
7、集中力の低下
8、罪の意識
9、死にたい気持ち
*以上の9つの内5個が2週間以上殆ど毎日、殆ど1日中存在する事
*社会的、職業的な機能障害がある。
*薬物や内科疾患ではない。
(以上はかなり簡略化しておりますが十分に実用的です)(詳しくはウィキペディア等をご参照下さい)
うつ状態をきたす疾患は「うつ病」「双極性感情障害」「パニック障害」「統合失調症」などなどありますが、ここでは「うつ病」と「双極性感情障害」について述べます。統合失調症については精神医学Ⅱに述べます。
双極性感情障害(以前は躁鬱病と呼ばれていたが、改名されました)は古くからよく知られた病気です。躁状態とうつ状態が繰り返しやってくる病気です。しかし40年ほど前に躁状態が軽いか殆ど目立たないタイプが発見され、従来の『重い躁状態とうつ』があるタイプをⅠ型、躁状態は無く『軽躁状態とうつ』があるタイプをⅡ型と呼ぶ様になりました。
このⅡ型の双極性感情障害(以後双極Ⅱ型と呼びます)はⅠ型よりはるかに有病率が高いのです。(双極Ⅱ型のうつ状態と軽躁状態の比率は40対1でうつ状態が多いのです。つまり双極性と言いながら殆どうつ状態が繰り返されると言うわけです)うつ病と双極Ⅱ型の有病率は同じくらいと考えられます。うつ状態の患者さんの2人にⅠ人は双極Ⅱ型です。
双極Ⅱ型とうつ病
この2つの病気は非常に良く似ています。それでもいくつかの違いはありますが、もし軽躁状態が無ければ臨床場面で確定するのは至難の技です。
この2つは早い時期に鑑別して確定診断をつけなければいけません。何故なら治療が全く異なる事と予後(将来の状態)が全然異なるのです。又双極Ⅱ型は離婚、自殺が多いのです。
うつ病の特徴
1、発症年齢は中高年に多い
2、イベント(再発のきっかけと思われるエピソード)の後1週間から半年後に発症することが多い。
3、不眠、食欲低下が多い(過眠、過食は殆どない)
4、抗うつ剤がよく効く。
5、仕事中より休んでいる時の方が状態が悪い。(平日より休日の方が悪い)
6、タバコを吸わない人、整理整頓が好き(得意な)人が多い。
7、秩序を重んじる、人間関係には余り関心が無い。クール。
8、病識(病気であるという意識と治そうという意欲)が無い(あるいは薄い)人が多い。
9、イベントは引っ越し、転勤、出世、新築、荷下ろし、などが多い。又、イベントの後時間を置いて
発症する事が多い。
双極Ⅱ型の特徴(大まかです)(軽躁状態が確認出来れば双極です)
(産後うつ病は双極性感情障害と言われています。)
1、発病年齢が若い(双極Ⅱ型は若年発症)(うつ病は中高年に多い)
2、双極Ⅱ型には過眠又は過食が多い
3、双極Ⅱ型には再発が多い
4、双極Ⅱ型はイベント(再発のきっかけと思われるエピソード)の前か直後に発症することが多い。
5、双極Ⅱ型には興味の減退が比較的少ない
6、双極Ⅱ型には幻覚や妄想が多い(全双極2型の患者さんの半分くらい)(Ⅰ型の躁状態の時は70%に幻聴があります)
7、双極Ⅱ型は抗うつ剤が効かない又は抗うつ剤で悪化する事が多い。
これだけの相違点があってもこの2つの鑑別は難しいのです。
従って長く経過を見ていると鑑別できますが、経過を見ている間に自殺したり人格変化を起こしたり、そうでなくても学校や職場を失ったり、離婚になったりする事が多いので出来るだけ早く確定診断をしなければいけません。
JETースタディの紹介
日本で行われた研究です。双極Ⅱ型は軽躁状態が無いか殆ど分からないものが多いので、うつ病と鑑別するのに非常に役に立ちます。(若年の双極には役に立つことが多い)
□ 抗うつ剤による躁転(うつ病の薬でハイテンションになる事)
□ 抑うつ性混合状態(ハイテンションとうつ状態が混じっている状態)
□ 過去1年間のエピソード回数(2回以上)
□ 大うつ病エピソードの初発年齢が24才以下
□ 自殺企図歴がある
以上のうちの1つあれば確率68%、2つあれば94%、3つ以上で100%で双極背感情障害であると言われております。
以上「うつ病」と躁又は軽躁の無い「双極性感情障害」の鑑別診断でした。
治療
うつ病の治療
診断がついている場合、薬物療法と精神療法(心理教育)で治療します。
薬物療法は抗うつ剤と睡眠導入剤で治療します。
抗うつ剤はSNRIかSSRIかNaSSAを使います。以前使われていた三環系や四環系は使いません。
又、ベンゾジアゼピン系の薬も使いません(睡眠導入剤を除く)
イライラが激しい人にはオランザピンを使うことがあります。
抗うつ剤の種類
SNRI : サインバルタ、イフェクサーSR などがあります。
SSRI : パロキセチン、セルトラリン、レクサプロなどがあります。
NaSSA : ミルタザピン(リフレックス)
抗うつ剤の使い方
まず副作用のチェックをします。副作用があれば別の薬にかえます。
副作用がなければ、少しずつ増量します。ある程度の効果があっても最大量まで増やします。
効果が出るまでの日数は薬によって違いますが、ミルタザピンが一番早くて3〜4日、続いてサインバルタが5日位、SSRIは時間がかかり、パロキセチンなどは2週間くらいかかります。
完全に元に戻るまでの期間は早くて3週間くらいですが、遅いと2〜3年かかる事もあります。
うつ症状が少しずつ改善して完全に元の元気な状態に戻ってから一定期間最大量を続けます。
そして少しずつ減らしていきます。全経過1年2ヶ月くらいです。
ただし、何回も再発している人やある程度高齢の人はずっと飲み続ける必要もあります。(服薬を中断したら再発をする)(少量を飲み続ける)
不眠の治療
不眠には原則睡眠導入剤を使います。
別項の睡眠の薬の項をご覧下さい。
難しい症状
病識がない(自分は病気ではない、ただの怠け者だという)
イライラ(不安、焦り)、
妄想(罪業妄想(自分は悪い人間だ)貧乏妄想(お金が無い、将来が絶望的))
自殺念慮(死にたいという気持ち)
などは危険な症状です。
うつ状態でイライラしている老人は早く専門家を受診させなければいけません。
治療には抗精神病薬を(それも)鎮静作用の強いものを併用します。
療養の心得
精神療法の一環として療養の心得を教えます。
本人に
1、アルコール類を飲んではいけません。
2、体を出来るだけ休める事
3、気分転換をしてはいけません
4、旅行や温泉に行ってはいけません
5、運動をして下さい
6、大切なことは病気が治ってから決めて下さい
家族に
1、追い詰めないこと
2、保証すること
3、自殺に注意すること
(続く)